ティムール・ヴェルメシュ『帰ってきたヒトラー上・下』
あの歴史上の人物がもし現代に生きていたら、世の中はどうなっていただろう?
そんなことを考えたことはありませんか。
『帰ってきたヒトラー』は、ドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーが現代に甦ったら?という風刺小説です。
具体的な史実や記録を踏襲しているので、ヒトラーの人格や語調がうまく表現されていて、本当に現代に実在しているかのような描写です。
- 作者: ティムール・ヴェルメシュ,森内薫
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2016/04/23
- メディア: ペーパーバック
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2011年のドイツに甦ったヒトラーは、ひょんなことから「ヒトラーそっくりのお笑い芸人」に仕立てあげられてテレビデビューを果たしました。
彼は自分の知っている20世紀前半の世界とどこかが違う状況を冷静に受け入れていき、アンチテーゼと痛快に闘いながら我が道を突き進みます。
次第に人気が出たヒトラーは、現代での己の使命を見つけ新たなプロパガンダを流していこうと決意するようになり、、、。
この作品はコメディとも評されているようですが、笑いのポイントは、現代人とヒトラーの感覚や会話の噛み合わなさにあると私は思います。
現代人がヒトラーに「そっくり芸人」として話を振るものの、ヒトラーはクソ真面目に「総統」の立場から政治や戦争についての考えを語るのです。
例えば、意訳ですが
女優「あなたもオペレーション[整形手術]を誰かにやらせているんでしょ?」
ヒトラー「オペレーション[作戦]だと?もちろんだ!アシカにバルバロッサ、それからシタデル…」
女優「聞いたことがないわ。出来には満足した?」
ヒトラー「最初は順調だったが次第に複雑化してしまった。イギリス人やロシア人の方が優れていた訳ではないが…」
女優「傷跡は見えないわ」
ヒトラー「運命はもっと深い傷を心に刻むのだ」
こんな噛み合わない会話をしながらも、ヒトラーの独白調で進む本文では、偏っていながらもなるほど一理あるかもと思わされる話も多いです。
増えすぎた人間に対して天然資源が不足してきたら、どの民族が資源を獲得するのか?
一番親切な民族か?
否。それは、一番強い民族だ。(下巻p.65)
賛否両論ありそうですが、内容の是非はともかく、私はこの文章を読んでグゥの音も出ませんでした。
まぁこれは極端ですが、ここまでいかなくても、ヒトラーが純粋にドイツとドイツ国民を思い、私利私欲抜きに彼なりに総統の職を全うしてきたことは全体を通して伝わります。
読んでるうちに私までヒトラーの誠実さや毅然とした精神にひかれていき、彼の演説で洗脳されていく感覚というのが少し分かったような気がしてしまいました。
独裁者・大量虐殺という過去は許されることではありませんが、ヒトラーという人物と、大多数の国民の心理操作について客観的に考えさせられるという意味では、まさに意味のある風刺作品であると感じます。
一人の独裁者に熱狂的になってしまう人民を、この作品は揶揄しているかのようです。