池井戸潤『架空通貨』
この巧妙な作品は「金融サスペンス」とでも呼ぶべきでしょうか。
カネを通した企業や人との関係を探り、裏にあるカラクリやトリックがどうなっているのか謎が明かされていくストーリーです。
しかし単なる謎解きにとどまらず、金に翻弄される人の心情や、世の中の裏側を考えさせられました。
企業信用調査の仕事を訳あって退職し、高校教師の職にありついた主人公 辛島は、教え子 黒沢麻紀の父の会社が破綻の危機だと知りました。
社債の期限前償還(金を返してもらう)のために向かった取引先企業と その所在する某県田神町で、辛島と黒沢は謎の地域通貨「田神札」なる存在を知ることになります。
期前償還と田神町の謎を巡るうち、秘密を握るキーパーソンや企業を取り巻く不可解な商取引の存在を知ることになりーーー。
そこにはある人物の怨念と手腕で動かされる、闇の真相があったのです。
- 作者: 池井戸潤
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2003/03/15
- メディア: 文庫
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まず私が本書を読むにあたり、 '貨幣経済のおかしな特性' が前提として頭の中にありました。
これは、元来 経済は物々交換だったのが、貨幣ができてから、カネ自体が価値をもち増殖しだしたというおかしさです。
物々交換で食べ物なり物理的な資源を手に入れていた人類は、やがて貨幣にその役割を交替させ、さらには貨幣でサービスが買えるようになり、ひいてはカネでカネが買えるようになっていきました。
資源との交換ではなく、カネは机上の数字として増殖することが可能になってしまったというのは、現代の経済の特性であり毒牙でもあるのです。
(参考までに、この部分の予備知識としてはこちらの本をオススメしておきます↓)
- 作者: 河邑厚徳,グループ現代
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/03/22
- メディア: 文庫
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さて本書では、何億いや何十億円という単位のカネが いとも簡単に動かされますが、これはカネのもつおかしな特質を如実に表していると痛切に感じました。
この数字はある会社のもつ資産として、あっちの会社からこっちの口座へ、こっちの人物からあっちへ…と動かされるのですが、その下の田神町には、カネによって倒産に追い込まれる数多くの会社や生身の人間が存在するという現実があります。
「儲けたい」、「恨みを晴らしたい」、「ただ純粋に会社を建て直したい」、、、
カネを取り巻き動かそうと奔走する人々は様々な事情や感情をもっているのですが、その誰もが金を操っているようで、実は金に操られ支配されているというのが傍目に見ていて皮肉に感じました。
そんな中で教え子の黒沢家のために、主人公辛島は独自に調査を進め、田神町絡みのカネの動きと謎の企業や組織の秘密を暴いていきます。
殺人事件などのサスペンスと異なるこの作品の面白さは、法律や金融の仕組みを謎解きのカラクリにうまく利用したところにあるかと思います。
カネにまつわる状況証拠を整理していくなかで、理屈で説明できるパズルが徐々にはまっていき、さらにその陰には人の怨念や金への執着が複雑に絡まっているのです。
正直なところ、高校教諭がいち生徒のためにここまでするかとか、教師の本業はどうしたんだとか、後半の黒沢父のその後が予定調和的だとか、突っ込みどころがなかったわけではありません(笑)
しかしそれを差し引いても余りある面白さでした。
規模の違いはあれど、強い者が握る金の実権や、秘密組織の裏金工作、特定の企業のカネの力でなりたつ地域社会など、本書で描かれている構図は現実世界でも氷山の一角なのかもしれません。
いやもっというと人類社会そのものの縮図だと思います。
そんな田神町の終末の描写は、まさに戦慄ものでした。
タイトルにもなった「架空通貨」というのは、はじめは地域通貨「田神札」のことを指していると思っていました。
しかし読み進めながら、粉飾を含め 机上であやつれる観念的な「カネ」自体を「架空通貨」=「人間が操る実態のない数字」と揶揄しているのではないかと思い至るようになりました。
本書では著者の金融知識が披瀝されているに止まらず、実社会のカネの在り方についても問題提起をされています。
通貨やカネの概念を題材にした私の好きな作品を3点ほどご紹介させてください↓
①『TIME』
人生の残り時間がそのまま通貨となった社会を描いた映画です。
金持ちは時間持ち、文字通り長生きできます。
- 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
- 発売日: 2013/02/06
- メディア: DVD
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②『モモ』
童話ですが大人も考えさせられる不滅の傑作です。
- 作者: ミヒャエル・エンデ,大島かおり
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2017/07/20
- メディア: Kindle版
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③『エンデの遺言書』
『モモ』の作者ミヒャエル・エンデの考えた、カネの話をまとめたドキュメンタリーです。
- 作者: 河邑厚徳,グループ現代
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/03/22
- メディア: 文庫
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すみません!私が持っているのはNHK出版のこちらでした。