とりあえず思いつく本を挙げておきます

母になっても読書は日課。本の記録と紹介のブログです。(3ヶ月以内に出版されたものを「新刊」、概ね半年以内に出版されたものを「準新刊」としています)

おおたとしまさ『名門校「武蔵」で教える 東大合格より大事なこと』(新刊)

東京に所在する武蔵高等学校・中学校は、御三家のひとつと呼ばれる私立一貫男子学校です。
もちろん受験を突破した秀才が集まる学校ですが、いわゆる'進学校'とは ひと味もふた味も違うのです。

自然に囲まれた武蔵では、生徒が各自の思い思いの活動をしたり研究に励んだりしており、授業を担当する教師も学習指導要領に沿わないマニアックで自由な授業を行うのだそうです。
多くの東大合格者を輩出しているにも関わらず、受験のための勉強ではなく、学問の本質を問うような学習が展開されています。

本書は、そんな武蔵高校・中学校を多角度から取材したルポタージュです。
校舎や行事、ユニークな授業や入試の紹介だけてまなく、生徒・教師・著名なOBへの取材や対談などが盛り込まれていました。

名門校「武蔵」で教える 東大合格より大事なこと (集英社新書)

名門校「武蔵」で教える 東大合格より大事なこと (集英社新書)

まずこういっては僭越ですが、武蔵の理念は私の考える学問観と合っていて、頷けることばかりでした。

例えば私立学校としては珍しく、理科の実験では原始的な器具や手法を使い、教科書的な結論も教師からは伝えず、古典科学者が新たな発見をしたときのような回りくどい経験を生徒にさせるのだそうです。

肌感覚での学び、というような言葉が使われていたと思います。

私も、数学なら定理や公式を暗記して使いこなす力よりも、定理や公式の意味を理解し自ら導きだす力のほうが本当の学力だと考えてきたので、おおいに感銘を受けました。


現行の学校の授業では、課題や答えが予め用意されており、それを何らかの形で生徒に与えてしまうことが多いです。
けれど武蔵では、課題さえも生徒自身に決めさせ、とにかく疑問をもって深く考えさせる、自分の意見をもたせる、というスタンスなのが私の考え方にとても合いました。


武蔵に揃う研究者肌の教員たちの言葉、

僕らは謎を見つけさせたいんです。

答えがあることって普通学びたくないんですよ。クイズじゃないんだから。

などはとても共感できます。

卒業生の立派な顔触れを知れば、ここの教育の成果が確かなものであることは一目瞭然です。
学歴一辺倒ではなく、きちんと意志と専門性をもったリーダーが育っているのだなという素直な印象を受けました。



本書の趣旨は武蔵高校・中学校の宣伝では決してなく、一貫して「学習の本質に立ち返るべきだ」という訴えがあったように思います。

しかしこの武蔵のような学び方が理想的だと思う一方で、やはり前提として、土台となる基礎学力がどうしても必要となることが問題だと私は考えています。
(基礎学力とは、知識、思考判断力、応用力だけでなく、意欲や集中力なども含めています。)
指導者たる教師の技量も求められることは言うまでもありません。

社会全体を見ると、個々人の基礎学力にも特性にもバラツキがあるため、主体性をもって学問の本質に向き合うような、武蔵のような学習を画一的に行うことは難しいのではないでしょうか。
そう考えると、学び方にも多様性が必要なのかな?とも、いや、だからこそ武蔵のような学び方が必要では?とも、考えが揺れ始めます。
自分の中でもまだ答えが出ていません。


兎にも角にも、この度センター試験をはじめ大学入試が大きく変わろうという動きもあり、これまでの'画一的に問いと答えを用意する教育'へのアンチテーゼを感じていたところです。
これは武蔵のような、本当の意味での主体的な学びの重要性を後押しする時代的な流れかと思えます。

結局はいつの時代にも、議論され試行錯誤されながら、教育は進化を続けていく必要があるのだと思いました。