村山由佳『遥かなる水の音』
「大人の恋愛を描く作家」として名高い村山由佳さんですが、日本国内を舞台にした作品だけでなく、私は海外を舞台にした作品に好きなものが多いです。
ヒロインが妙齢を過ぎた日本人で描かれていることが殆どなので、未踏の海外が舞台であっても未知の世界という感じがせず、等身大の感覚で物語を味わうことができます。
異国情緒の新鮮さと、日本人女性の目線への共感しやすさが、とてもバランスよく釣り合っている気がします。
今回読んだ作品もフランスからサハラ砂漠が舞台になっていて、日本人の姉弟や友人恋人が登場する物語でした。
- 作者: 村山由佳
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2012/11/20
- メディア: 文庫
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フランスで暮らしながら菓子職人をしていた日本人青年のアマネが、20代という若さで病のため現地で亡くなりました。
アマネは幼少期から第六感が鋭敏で、死者の言葉をキャッチしてしまうスピリチュアルな感覚に苛まれる人生を送ってきました。
そんなアマネの遺言「遺骨をサハラ砂漠に撒いてほしい」という望みを叶えるため、生前アマネと関係の深かった、姉、恋人(ゲイのフランス人男性)、親友の日本人カップルの合計4人が遺骨を携えてフランスを発ち、サハラ砂漠への旅に出ます。
実はこのアマネと旅人の5人が各々に、事情のある愛に悩みながら生きている人たちだったのです。
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物語は登場人物それぞれの目線から、独白調で描かれています。
歩んできた人生はもちろんのこと、死生観や愛の捉え方が皆異なりますが、そのどれもが人生に対する誠実さを感じさせ感情移入してしまいました。
亡くなってからのアマネの意識も描かれているのがどことなくスピリチュアルな雰囲気ですが、ファンタジーにはなっておらず、現実世界の話の一部として描き切った著者の手腕に感心します。
アマネの独白が、「人はどこから生まれてきて死んだらどこへ行くのだろう?」という、人間の原点のような純粋な問いを思い出させてくれました。
さて人物の味わいだけでなく、この物語で引き込まれたのは、旅で訪れる先々の地域の描写でした。
著者の村山由佳さんは本書の執筆にあたり、実際にフランスからモロッコを通りサハラ砂漠へと同じ道程を取材の旅に行かれたそうで、目前に情景が浮かぶくらい美しく淡々と、情景豊かに旅の様子が描かれています。
旅先で様々な人、物、場、出来事に出会いながら、死者アマネを含めた登場人物5人が自分のアイデンティティーと向き合い前に進んでいく様が見事です。
http://buzz-netnews.com/sahara-desert-snow
サハラ砂漠でのフィナーレ、いよいよ散骨に向かうまでの場面で、私は最も胸を打たれました。
ラストのサハラ砂漠でアマネの過去に関わるキーパーソンと出会い、アマネの秘めた想いが明かされるのです。
そしてアマネの散骨は、はじめ予想もしていなかった人物が遂行することになります。
胸が苦しくて、切なくて、でも幸せでたまらない気持ちになりました。
私も過去に一度、大切な人とイスラム圏の砂漠でキャンプをしたことがあります。
あの気の遠くなるような、人生観がひっくり返るような、安堵と不安がない交ぜになったような、異次元の別の世界にいるような不思議な感覚を思い出しながら読みました。
人が人を想う気持ちの強さや、生きることの苦しさに涙が出ました。
私もいつか天寿を全うできたら、この世の全てのものと溶け合って、心安らかに眠ることができたらいいのに…
そんなことを思いながら、読了しました。
村山由佳さんの作品に、また大好きな一冊が増えて嬉しいです。