伊坂幸太郎『重力ピエロ』
伊坂幸太郎作品の中でも『重力ピエロ』は人気が高いようで、書架でたまたま見つけたので借りてみました。
泉水(兄・いずみ)と春(弟・はる)は仲のよい兄弟ですが、外見も性格も似ていません。
そんな兄弟の住む町では、このところ連続放火事件が相次いでいました。
遺伝子研究をする泉水と、落書き消しの仕事をする春は、あるとき街に落書きされたグラフィティアートと放火事件の関連性に気付きます。
その謎を解こうと事件を追ううちに、ある人物の存在が浮上し、家族の関係、過去からのつながり、出生の秘密など…兄弟のアイデンティティを揺るがす運命との対峙から逃れられなくなっていきます。
- 作者: 伊坂幸太郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2006/06/28
- メディア: 文庫
- 購入: 19人 クリック: 204回
- この商品を含むブログ (829件) を見る
この物語では家族愛にジーンとしたり、散りばめられた伏線の回収にスカッとしたり、何が正義なのか考えさせられたりします。
けれど作品の着想として、「発達や人格形成は遺伝か環境かどちらで決まるのか?」という一つの大きな''問い''が扱われているのではないかと思いました。
このような難しい主題からひとつのエンターテイメントを産んだ著者の技量は、やはり巧みだなと感心します。
放火事件と落書きの頭文字には遺伝子記号が隠されていましたが、ここで「遺伝子」というキーワードが読者の頭にインプットされます。
春が遺伝子上の親と同じ道を辿るのか?という発問を感じるシーンが初盤にいくつかありましたが、終盤には育ての親と似ている部分を鮮烈に見せるシーンがあります。
やはり遺伝よりも、''愛ある人たち(との環境)が人間を育てていたのだ''ということが心に響きました。
さて他人の苦痛や完全犯罪などについて、サイコパスを含め、全ての登場人物それぞれの言い分が確立されている思います。
世間的には許されなかったり倫理的に理解できない理屈でも、「そんな考え方もアリ?(…なのかな?)」と、自分では思い付かない考え方に色んな意味で感心してしまいました。
先の予想がついてしまうところもありましたが、自分の思考のスピードを凌ぐテンポのよさが軽快です。
様々な伏線が散りばめられていますが、その回収もうまく、すっきりします。
一般書評では自分の存在に苦しむ春へ同情が集まっているようですが、私はむしろ何の落ち度もない、弟を守りたい思いと犯罪者への嫌悪感のはざまで苦しむ兄の気持ちに感情移入しました。
それなりにいい歳の兄弟ですが、泉水と春が、幸せに生きていけることを心から願ってしまいます。