とりあえず思いつく本を挙げておきます

母になっても読書は日課。本の記録と紹介のブログです。(3ヶ月以内に出版されたものを「新刊」、概ね半年以内に出版されたものを「準新刊」としています)

アガサ・クリスティ『春にして君を離れ』

人生の折に触れて読み返したい小説のひとつです。
一般書評でも、多くの読者が「人生のバイブル」とか「人生で何度も読み返す本」などと、自身の人生に影響があったことを強調していました。

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ある中流階級の夫人ジェーンが旅の途中で旧友に会ったのをきっかけに、自分の人生や家族を振り返ることで物語が進んでいきます。
旅の復路の砂漠で足止めをくらい、砂漠と太陽と寄宿舎以外に何もない空間でたった独り取り残され、自分自身と向き合うのです。
「幸せなつもりでいたけれど、本当に自分は幸せか?まわりから愛されているか?」と考えているうちに、自分や周りの人間の真実の部分が見えてきて、、、。


いわゆるホラーでもサスペンスでもないのに、本当に恐ろしく、けれど途中で目が離せない物語です。
その実体のない恐ろしさとは何なのか考えてみました。
きっと自分と向き合ううちに、ガラガラと音を立てて「アイデンティティーの崩壊」が起こるのを目の当たりにさせられる恐怖なのかもしれません。

誰もが頭のどこかに追いやっている負の記憶や、目を背けて向き合ってこなかった自分の内面を持っていると思いますが、そんなことを砂漠の灼熱の太陽のもと晒け出されていくのです。

ちなみに私はアラブの砂漠で寝泊まりした経験があり、世界に自分たった独りしかいないような、宇宙のはてに置いてきぼりにされたような砂漠独特の時空を思い出しながら読んだので、尚更リアルでした。


主人公ジョーンから見たら「不幸」であろう登場人物が何人も登場します。
けれど本人たちはひょっとしたら幸せなのかもしれません。
逆にジョーンは自分では「幸せ」かもしれないけれど、実は救いようもなく「不幸」な人物として描かれています。

結局生まれてきた人生の中で、人はどう振るまえばよいのか?何が幸せなのか?だんだん分からなくなっていきます。
まるで自分の人格が目の前に浮かび出して空中分解してしまうような、そんな錯覚をおぼえました。


無事に旅を終えたあとの主人公ジェーンが、何事もなかったかのように日常に戻っていく様は、生身の人間らしく現実味があるのと同時に皮肉でもあります。


人間の土地 (新潮文庫)

人間の土地 (新潮文庫)

人間の大地 (光文社古典新訳文庫)

人間の大地 (光文社古典新訳文庫)

↑ちなみに私の人生のバイブルはこれです。
ここにも砂漠の話が出てきます。
いつかご紹介したいですが、私が紹介文を書くことによってこの本の価値を下げてしまわないか不安で、勿体なくて勿体なくて勿体なくて…なかなか書けずにいます💦

(『人間の大地』は『人間の土地』の新訳で、断然読みやすいです。)


今週のお題「読書の秋」