とりあえず思いつく本を挙げておきます

母になっても読書は日課。本の記録と紹介のブログです。(3ヶ月以内に出版されたものを「新刊」、概ね半年以内に出版されたものを「準新刊」としています)

鈴木るりか『さよなら、田中さん』(新刊)

14歳の天才新人作家の作品ということで話題になっていたので、11/1の発売直後に早速読みました。
オフィシャルの紹介文にある通り、時にはクスッと笑わせてくれ、時にはホロリと心に沁み入り、元気のもらえる作品でした。

主人公の田中花実(はなみ)は小学六年生で、貧しい母子家庭の一人っ子です。
工事現場で働く母は質実剛健で化粧っ気がなく、明るく豪快です。
田中親子はよく食べる親子で、激安スーパーの半額品や人からの貰い物、時によっては拾い物で食いつなぐ日々です。

本書はそんな田中親子の日常を題材にした短編5本が収録されており、最後の1編はクラスメートから見た田中花実が描かれています。

さよなら、田中さん

さよなら、田中さん


「いつかどこかで」
花実のお父さんは生まれたときからいません。
死んだと聞かされていたけれど、実は良からぬ事情があるのではないか?
そんなことを思い悩んでいたある日、同じ学年の友達のお父さんだと名乗る不審な男が現れて、、、。
父と娘の切ない関わりを描く物語です。

「花も実もある」
花実の母に再婚の見合い話が舞い込んできました。
優しく経済力もありそうな相手の男性と対面し、花実は '苦労してきた母が再婚し幸せになってくれたら'と願うようになります。
しかし自分の存在のせいで、母の再婚の妨げになっているのではないかと悩む花実は、意外な現実を知ることになります。

「Dランドは遠い」
仲良し3人組のうち花実以外の2人が、小学校最後の思い出に、人気テーマパーク「Dランド」に行くことを耳にしました。
その友達2人は高いお金がかかるのを気にして、花実を誘えずにいたのです。
どうしても一緒に行きたい花実ですが、必死で働く母に言い出せず、自分で費用を集めようと奮起します。

銀杏拾い
毎年秋になると、食料調達のため銀杏を拾い集めるのは、田中母娘の恒例行事です。
5年前の秋、神社で銀杏を拾っていたら、美しい着物を着て七五三詣でに来ていたお友達の真理恵ちゃん家族に会いました。
その時初めて'七五三'を知った花実に、母がしてくれた七五三祝いを回想します。

「さよなら、田中さん」
ちょっとした誤解から花実のクラスで「エロ神」と呼ばれるようになった気の弱い少年目線のお話です。
責めてくる女子の中でも、たった一人庇ってくれる花実のことが気になるようになりました。
しかし中学受験のため花実とはこれでお別れです。
そんな中、中学受験を廻り、少年は大きな挫折と悩みを経験することになりました。


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私の感じるこの作品の見所は、お金はないけど愛はある、そんな田中親子の精一杯の暮らしぶりではないかと思います。

とにかく主人公花実が母思いの聡明な女の子で、思春期の子供なりに精一杯 母を思いやりながら暮らす姿が健気なのです。
それでいて豪快で品のない母を冷静に見ているクールさもあり、そのギャップも絶妙でした。

物語の中には、貧しい田中親子と対比するかのように裕福なクラスメイトなども登場します。
(対比しなくても裕福じゃなくても、田中親子との相対関係では裕福に見えます)

「愛のある貧困」vs「愛のない富裕」、どちらが幸せか?
そもそも貧困は悪なのか?
富裕でも悪は潜んでいるのではないか?

、、、まるでそんな大きな問題提起をされたように思えます。

14歳という年齢の作者が、この貧困層と富裕層の互いを見合う2つの際どい視点を理解し、文章で表現しきったことに唸ってしまいました。


また貧しい花実の母は食べることに異様な執着があるようでしたが、例えば'ひもじさは人間らしさを奪う'など、彼女の言葉も本質をついたものが多く、考えさせられるものでした。

特に一部のメディアでも取り上げられ有名になった、この本に出てくる一文があります。

もし死にたいくらい悲しいことがあったら、とりあえずメシを食え。

この前後の文脈と合わせ、これは私も名言だと思いました。
花実の母の言葉ですが、この後に続く会話の内容も、生きる気力をなくしたときに読み返したくなる言葉でした。

もし死にたいくらい悲しいことがあったら、とりあえずメシを食え。
そして一食食ったら、その一食分だけ生きてみろ。
それでまた腹が減ったら、一食食べて、その一食分生きるんだ。
そうやってなんとかでもしのいで命をつないでいくんだよ。(p.238)


そんなお母さんの過去も、「きっとこうだったのだろうな」という想像する余地を残したまま、全てが明かされないのも絶妙です。


他にも保険金詐欺や会社の資金横領に始まり、幼女の水遊びへの視線や受験生母の虚栄心などなど…
14歳の少女が書いたという先入観のまま読んだ私には「作者はなぜこんな大人の事情を理解して描けるのか?!」と、ただただ驚くばかりでした。

しかし噂通り、作者の年齢でを抜きにしても、十分たのしめる作品だと思います。