一人の命と多数人の幸福、どちらが重い?~テグジュペリ『夜間飛行』
『星の王子様』の著者で有名なテグジュペリですが、郵便飛行機のパイロットを勤めた彼が、実体験をもとに書いたと言われる小説です。
- 作者:サン=テグジュペリ
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1956/02/22
- メディア: 文庫
物語の舞台になっている1920年代頃は、まだまだ民間で使われる飛行機は小型で1~2人と少しの荷物しか積めず、安全性も不確かなものでした。
そんな時代にある郵便会社が、果敢にも飛行機郵便分野の開拓に踏み出します。
この郵便会社の社長リヴィエールがとても厳格で冷徹なのでした。
パイロットの命を危険に晒すと分かっていながらも夜間飛行便を決行し、また、管理上たった一度の小さなミスでも長年勤めた部下を懲戒免職にしてしまいます。
その背後には、汽車や貨物船に出し抜かれることは郵便会社の死活に関わること、小さな過失が飛行機事故につながることなど、彼なりの信念があったのでした。
さてあるとき、ファビアンという新婚のパイロットが夜間飛行中、嵐に飲まれたうえに燃料切れという絶体絶命の危機に直面しました。
途切れ途切れの通信のなか、社内は緊迫した空気に包まれます。
これで夜間飛行もさすがに打ちきりかと囁かれるなかで、なんと社長リヴィエールは定刻通りに次便を離陸させる決意をします、、、。
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どの書評や解説を読んでも、世間一般的にリヴィエールは「卑怯で残忍な支配者だ」と批判されています。
けれど私はリヴィエールなりの葛藤や苦しさを感じ、嫌いにはなりきれませんでした。
パイオニアとして大仕事を成し遂げる男の姿としては、まぁ、こんなものなのだろうなと思います。
特に、こんな言葉が印象的でした。
「公益というのは私益の集積で成立するものでしょう。」
直接は結び付かないのですが
私はここで"トロッコ問題"という話を思い出しました。
⬛トロッコ問題
制御不能になったトロッコが、線路にいる5人の作業員に突っ込もうとしている。
5人を助けるためにはレバーを引いて別の線路に誘導しなくてはならない。
しかし別の線路にも一人の作業員がいる。
レバーを引くか引かないか?
(5人を助けるために故意に1人を犠牲にしてよいのか?)
これは、"複数の幸福のためなら一人の犠牲を容認する"、"最大多数の最大幸福"という功利主義の思考実験だったと思います。
要するに、会社の発展や社会全体が便利になるためにパイロットの命を犠牲にするのか、一人のパイロットも危険に晒さないために大きな利益を諦めるのか、、、
リヴィエールと社員たちの対立から、そんな功利主義的に関わる葛藤を感じたのです。
私にはどちらかとは簡単に言えません。
けれど飛行郵便に限らず、例えばトンネル開発工事にしたって誰かの命を危険に晒した結果、交通の便がよくなったりと、現代ではなにかしら功利主義の恩恵を誰もが受けているわけですよね。
とても考えさせられます。
頑強な経営者の冷徹さ、大空への畏怖を抱いたパイロットの使命感。
生きるためにもがく男たちの姿が描かれた短編です。
しかし過酷なメッセージ性、テグジュペリの深奥な言葉の数々はギュッと詰まって健在です。