とりあえず思いつく本を挙げておきます

母になっても読書は日課。本の記録と紹介のブログです。(3ヶ月以内に出版されたものを「新刊」、概ね半年以内に出版されたものを「準新刊」としています)

平安おかめ人に現代人が出会う~柴田よしき『小袖日記』

年末に読んだ中で一番おもしろかった小説がこちらです。
大矢博子さんの『歴史小説読み比べガイド』で紹介されていた、現代人目線から見た(←ここ重要)平安時代を舞台にした物語です。


[あらすじ]
現代のOLが、あるとき失恋をきっかけに家を飛び出したところ、雷に打たれ、なんと平安時代にタイムスリップしてしまいました。
それも肉体ごとではなく精神だけがタイムスリップしてしまい、宮中に仕える「小袖」という少女の肉体に入り込んでしまったのです。
小袖とは、なんとあの『源氏物語』の作者である香子さま(紫式部)の側近で、まさに『源氏物語』のネタ集めを手伝っている人物なのでした。
現代人OLの精神のまま「小袖」になりすました主人公は、平安時代のおかめ顔の人々の中で、なんとか暮らしながら役目を全うしようと奮闘していきます。
現代と平安時代とのギャップに戸惑いながらも、「小袖」はいつの時代も変わらない人情に心を動かされていくのですが、果たしてその結末とはいかに、、、。


小袖日記 (文春文庫)

小袖日記 (文春文庫)

源氏物語』とは、平安時代の色男貴族である光源氏が、数々の女性に手を出すという節操のない古典です。
ですが、これが単純に読む分には面白いんですよね。
私は一度読んだことがあるので、この『源氏物語』が書かれた現場を題材にした小説というだけで、わくわくするテーマでした。

源氏物語』のあの話、実はこんな裏があったの~?‼と、(柴田よしきさんの創作ですが)ミステリーばりによく練られています。
けれどもちろん、『源氏物語』を読んだことのない方でも『小袖日記』は楽しめると思います。

その理由の1つめは、当時も多くの人が恋慕や嫉妬や情愛なんかのために相変わらず恋愛に翻弄されたり人間関係に悩んだりしていて、そこに当時の慣習や呪術など平安人感覚が加わっていくのが扇情的だからです。

特に他人の事情や噂話に首を突っ込んで、複雑な人間関係のもつれを解いていくという意味で、かなり女性は本能的に楽しめる構成ではないかと(笑)思いました。

2つめは、外国へ行くと自分の国を客観視できるように、違う時代にタイムスリップすることで「現代」を客観的に見られるということです。

例えば平安時代は皆「おかめ顔」で、その中でも美しいおかめと醜いおかめの区別がだんだん分かるようになっていくとか。
風呂の習慣や下水の処理が現代と異なるので、人や町のニオイが鼻につくとか。
主人公と共に現代人目線で平安時代を見物した気分でした。

3つめは、平安時代という設定をうまく使いながら、登場人物ひとりひとりが(短所も含め)人間らしく魅力的に描かれていることです。

魅力的な人物が何人も出てくるのですが、中でも香子さま(紫式部)がとにかく頭のキレるスーパーウーマンなうえに人格者です。
後半の、主人公と心が通い合うエピソードや会話など、わりとホロリときてしまう場面がいくつがありました。



平安時代を含め、歴史で習う過去の時代はどこか空想上の世界としか思えなかったけれど、そこには確かに血の通った人々が生きていたのだということを物語全体を通じて実感させられました。


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現代の若いOLの目線を通した平安時代の描写なので、笑える突っ込みどころも多く、はじめはコメディ小説なのかと思いながら読み始めました。
しかし「小袖」になりすました主人公が平安時代を生き抜く中で、しだいに人生の哲学を悟っていく姿に清々しさを覚えます。

悲しみには様々な形があるのだ。

誰かを殺したいほど憎いと思う悲しみ。誰かにあてつけて死んでしまいたいと思う悲しみ。そして、誰かを幸せにしてあげられないことを嘆く悲しみ。

人間は、自分が生まれてしまった時代の中、その時代の様々な呪縛にとらわれながら、懸命に幸せを探して生きていくしかない

人生や人情のなんたるかだけでなく、歴史の本質を考えさせられるストーリーにも、作者の思慮深さを感じます。
歴史とは単なる"事実の羅列"ではなく、後世の人間が"どうとらえて再構築するかで書き換えられる"ということを、エンターテイメントの中で自然に示唆していることが、本質をついているなと感心させられたのでした。


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